神仏の視点から考える経済学

神仏の視点から考える経済学

1. 現代物質文明の限界
私たちは今、物質文明の真っ只中におり、モノが溢れる社会に生きています。そこでの「経済」とは、人々はいかに自分の欲望を満たすものを手に入れるか、そして企業はいかにその欲望を煽って利益を上げるかを最終目的としているかのようです。他者を駆逐してでも自社の功績を上げることに心血を注ぐ、それが現代の経済価値の主流となっています。それは
ある意味欲望の経済とも、道徳倫理以上に金銭の多寡にあると言えるのではないでしょうか

2. 古代の英知が示す「真理」
しかし、「神仏が考える経済」という視点から深く考察するならば、古くから伝わる宗教的・哲学的な観点に立ち返る必要があります。

プラトン(イデア論): この現実世界を超えた先に「イデア」という真実の世界があるとし、それは「善」や「徳」といった概念に基づくものであると説きました。

釈迦(転生輪廻): 生老病死という苦難の意味を説き、次なる転生を見据えた今世の生き方として、欲望や煩悩を抑えることの大切さを諭しました。

孔子: 人として歩むべき道として「仁(慈愛)」と「徳」を説きました。

イエス・キリスト: 天なる父の御心として、無条件の「愛」を説きました。

もし、彼らが示したような世界(霊的な真実の世界)が実在するならば、そこでの価値基準はいかなるものでしょうか。それはおそらく、現在の私たちが追い求めている経済価値、金銭の多寡であるとか、欲望を満たすものとは、対極にあるものだと推察します。

3. 新たな価値基準の樹立に向けて
「神仏が願う価値」とは、キリストが説いた「愛」や、孔子が説いた「慈愛」に準ずるもの
そこを発露として生み出される価値ではないかと思う
そこには人の温もりを感じることで生み出される価値、周りの人を幸せにすることに
主眼があるものに価値を見出す

現世の欲望にまみれた経済概念を超越し、愛や慈愛に基づく経済価値を創造していくこと。プラトンが言うイディア界が神仏の世界と仮定しそこで重視される価値を
この現世界にも実現させようとする、それこそが、今後将来において新たな価値基準として樹立していくことが重要となるのではないでしょうか

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